ありふれた人生を探していた 傷つきたくないから 君といる時間は短すぎて来週までもつかな

みんな思う道に進めばいい。わがままだっていいじゃない。私は人生の「贅沢な時間」を持つことで、なんとか今を保ってる。


日曜日は、初めてのライブビューイング体験をした。CUEのジャンボリーを見てきた。「なんじゃそれ」という方は、こちらをどうぞ。


前回までは、現地(札幌)まで行って、参加していたイベント。まさか、地元の映画館でそれを見ているとは、なんとも不思議…。今年は、あまりCUEにまで気がいかなかったのが原因だけれど、ライブビューイング見ながら「なぜ私は札幌にいないのですか?」と自問自答していた。自分のルーティンを崩してはいけない。「無理はいけないけど、ルーティンはこなしていこう」そう決めた。泣き笑いってやつを、久しぶりにした。そして、毎回ですが、「ハナ」という歌で私は泣きます。今年も泣きましたよ…っと(笑)。今回は、学生時代からの友人を連れて行ったのだが、いつも一緒に札幌に行ってたCUE仲間も、名古屋でライブビューイングを見ていたそうだ。終わってから連絡したら、「見に行ったよ」と返事が来た。離れていても、同じように笑っていてくれたことが嬉しかった。「また一緒に札幌行こう」って、話せてよかった。(いつの間にか大下君が卒業してたんですね。10月は、「なまら」へジンギスカンでも食べに行こうかな)

そのあと、病院の介護をしてた前々の職場の子と食事に行った。そして、職場に戻りたいと話した。戻りたいって、半年前は思わなかったのに。今は、戻りたい気持ちでいっぱいになってる。勝手なのはわかっているし、戻るからにはそれなりの覚悟もしてる。それでも、戻りたいと思ってる。それは、ある人がきっかけになった…その話、してもいい?



今の仕事をする前の職場で、出会った利用者さんなのだが。失語症だったので、あまりご自身からはお話ししてくれることが少なかったのだが、その方がある日送迎の車の中で私に訴えてきた。少し聞き取りにくかったけれど、今いる施設が嫌だということは伝わった。その日は、腕をつかんでなかなか帰してもらえず、困った。勤務する施設に戻り、その話をしたのだがほかの職員の時はそんなことはないという。その次も、私が送迎の日には、車の中で訴えた。なので、「〇曜日と〇曜日は迎えに来るから、それまで頑張って」と励まして、説得して送迎をしていた。そのうち、訴えも少なくなり、笑顔で帰ってくれるようになった。そんなことをしている間に、私は退職した。

つい最近、その職場の方から連絡が来た。その人が亡くなった…という知らせだった。食事中にのどを詰まらせたというのだ。私はなんとも言えない気持ちになった。その方はおそらく、おかれた環境に納得しないまま、この世を去った。私の立場ではどうすることもできないことだったし、何か変えれたわけでもないとは思う。もし、また介護職に戻っても、堂々巡りだし、変わらないかもしれない。でも、また戻りたい…と漠然と思った。その日から、戻りたいという気持ちは日に日に大きくなった。「この仕事が楽しい」って思いながらしていた仕事だった。嫌なこともいっぱいあった。だけど…。それはきっと今「バイトが楽しい」って思うことにつながってる気がする。人と触れ合うことが、人にかかわることが好きなんだなって再確認する日々が、その日からずっと続いてる。文句言いながらも、仕事してることが楽しいと思ってやってた日々に帰りたいのかもしれない。

派遣の営業さんに、はっきりと「更新しません」と申し出た。あとは、古巣の病院に戻るか、新しいところへ行くか…だと思う。もう少し落ち着いたら、きちんとした形で申し出ようと思う。結局帰る場所は、そこなんだよなぁ…。